kyosho5’s blog

貧乏で数学があまり得意ではない理系出身のエンジニアのブログ

君の名は。を読んで、どうしても文字に起こしたかったこと

前回記事は映画を見て思ったことだけど、今回は小説を読んで、どうしても文字に起こせずにはいられなかった部分を書いていきたい。



というか、小説版を読んですごく好きだった描写を載せたい、というだけのことです。



映画は見たけど、小説をまだ読んでいないとか、まだ映画も見てないからストーリーを知りたくない、という方はブラウザバックでよろしくお願いします。



まだ見てない人へこの映画の魅力を、何とかして伝えることができればとは思うのだけど、そうするとストーリーの核心に触れなければならないのでなかなか難しい。



「見ればわかる」、としか表現できないのが心苦しい。



いいPR方法を思いついたらまた載せます。







以前何かのテレビ番組で、新海監督は「映画と小説を、相互補完的に楽しんでほしい」と言っていた。




今回は原作と言えるものがおそらく映画の方になるんだろうけど、しかし小説自体が書きあがったのは映画作品が完成する前ということなので




どっちが先かとなるとまた判断に迷うところ。




しかし、「相互補完」という言葉はしっくりくるなと思った。




映画を見た人の意見で共通しているのが、「テンポが早くて引き込まれるけど、細かい部分でわからないところがある」という感想。




伏線的なものもそうだろうし、あとはキャラクターがその時何を思っていたのかをじっくり考える余裕がないというのもあるだろうと思う。




小説では、ほとんどの部分が誰かしらの視点で書かれているので、そのとき彼・彼女が何を思ったのかをじっくり味わうことができる。




映画見て、小説読んで、もう一度映画を見ると相当物語に入れ込むことできるのではないだろうか。




今回私が載せたいと思ったのは以下。  三葉が必死に走るときに、こういうことを思っていたのかと。




とても悲しく、切ないながらも、彼女は強く決心してまた走り出す。 ここでもまた、私の心が震えました。








もうなにも怖くない。もう誰も恐れない。もう私は寂しくない。


やっとわかったから。


私は恋をしている。 私たちは恋をしている。


だから私たちは、絶対にまだ出逢う。


だから生きる。


私は生き抜く。


たとえ何が起きても、たとえ星が落ちたって、私は生きる。















よく「ラブストーリー」の類で紹介される本作品ですが、いかにも「恋愛」というものが押し出されているシーンは意外となかったりします。



そんな中、主人公たちが「恋」を自覚するシーンでもあります。



新海監督の文章は本当に詩的ですね。